「――久しぶりだね、ヴァース。元気そうでなによりだよ」
「お互いにな」
天帝戦争終結から五年。
今は帝国領となった旧レンシアラ領。
戦後レンシアラ都は解体され、地下に眠るフェアロストの遺産を発掘、解析するための様々な施設が所狭しと並び立つ。
かつてとはがらりと様変わりしたその場所で、イルレアルタに乗ったエオインは、数年ぶりとなる親友との再会に心からの笑みを浮かべていた。
「ここを見る限り、君はあの後もずっと前に進み続けていたようだね」
「お前にあれだけの大口を叩いたのだ。このくらいの成果がなくては、笑われると思ってな」
「ふーん。〝剣皇〟っていう君らしくない名前もそのためかい?」
「……まあな」
「あれ? もしかして照れてる?」
「茶化すな」
二人の会話は、数年の空白期間があろうと変わってはいない。少なくとも、エオインはそう思ったはずだ。
だがしかし。久しぶりの再会に友好を暖める二人の間には、決定的に異なる点があった。
「体の調子はどうだ?」
「問題ないよ。もう昔みたいに戦うことはできないけどね」
「それで構わん。今日ここにお前とイルレアルタを呼んだのは、〝戦いとは別の理由〟だ」
今この時。
二人は共に巨大な天契機――灰褐色の装甲を持つイルレアルタと、かつてキルディスが自身の愛機としていた金色の機体――アルドオールに乗り込んだまま言葉を交わしていた。
「キルディスが隠していたフェアロストの遺跡……その深部に到達するには、生身より天契機の方が都合がいい」
「でも戦うわけじゃないなら、どうしてイルレアルタもここに? 僕はてっきり、神隷機の残党でも見つかったのかと」
「……すぐにわかる。ついてこい」
この時、エオインは自分が再びヴァースの役に立てることに純粋な喜びを覚えていた。
深い傷を負った体でも、ヴァースの役に立てるなら命すら捨てて戦うこともいとわなかっただろう。
だから、エオインは警戒していなかった。
先導するヴァース機と後に続くイルレアルタ……さらにその後方。
先ほどから何も言わずに付いてくる、〝帝国の天契機部隊〟や、薄暗い通路の両側を固める帝国の近衛兵達。
そのあまりにも物々しい出で立ちにも、心からヴァースを信じるエオインは注意を払わなかったのだ。
そして――かつてキルディスが手足のように操っていた金色の天契機に乗ったヴァースは、エオインとイルレアルタを、〝彼の想像とは異なる場所〟へと案内した。
「ここは……」
「ここが、フェアロストの技術の中枢……キルディスとレンシアラが千年かかっても解析できなかった、〝究極の力〟が眠る場所だ」
旧レンシアラ首都の地下。
地上からまっすぐ伸びた巨大なトンネルを抜けた先。
そこに広がっていたのは、地下とは思えないほどの広大な空間だった。
そしてその空間の中央――まるで神像のように鎮座するのは、見上げるほどの巨大さの一体の神隷機。
さらにはその巨大な神隷機の周囲には、〝純銀の装甲を持つ天契機〟と〝漆黒の装甲を持つ天契機〟が、まるでその神隷機を見守るように台座の中に収められていた。
「究極の力って……どういう……」
「千年前……今とは桁違いの技術によって繁栄したフェアロストは、〝二つの勢力の争い〟によって滅びた。〝優れた個が全てを管理するべきという一人の天才〟と、〝その天才に抗う勢力〟の争いによってな……」
そう言って、ヴァースはエオインに旧時代の真実を語る。
フェアロスト文明の崩壊……その要因となった最終戦争は、一人の天才の野心によって勃発した。
天才は自らを最も優れた個と定義し、たった一人でも全世界を支配可能な究極の無人兵器――神隷機を建造し、全人類に攻撃を開始。
その侵略に対抗したフェアロストの人々もまた、当時の技術の全てを注ぎ込み、動かすためには必ず〝人の意志を必要とする決戦兵器〟――天契機を誕生させる。
双方の争いは、やがて絶滅戦争に発展。
辛くも人々は天才の野望を打ち砕いたが、すでにその頃には、フェアロスト文明は再建不能なほどに崩壊し尽くしていたのだと。
「大昔にそんなことが……じゃあ、まさかこの化け物は……」
「そうだ。この機体こそ、かつてこの大陸全てに戦いを挑んだ究極の力……勝利したフェアロスト人でも破壊できず、キルディスとレンシアラが千年かかっても解析できなかった……神の力だ」
語り終えたヴァースは、金色の機体を中央へと進める。
そこにはやはり他の機体が収められているのと同様の台座があり、空になっている台座と合わせて合計四つの台座があることが確認出来た。
「見ろ、エオイン。この空になった二つの台座にも、本来であればフェアロストの手による起源種が収められていた……そしてここにある空席は、俺が乗っているアルドオールのためのもの」
「なるほどね……そして最後の席は……」
「イルレアルタ……本来であれば、その機体が座っていなければならなかったはずの場所だ」
機体越しに聞こえるヴァースの声に、エオインはこれまで感じたことのない寒気を覚えた。
これが本当にヴァースの発した声なのかと……思わずそう疑問に思うほどに冷たい声だった。
「キルディスが千年かけてもこの神隷機を動かせなかったのは、覚醒に必要な〝最後の鍵〟……イルレアルタを我が物にできなかったからだ」
「理解したよ……僕もイルレアルタに刻まれた記憶は何度も見てきた。イルレアルタはどんな時も、みんなを守るために色々な場所で戦い続けていた……あいつの手に落ちたことも、一度もなかったんだろうね」
「だろうな。だが俺は〝キルディスとは違う〟……俺ならば、この究極の力を手に入れることができる。わかるな……エオイン」
「それは……」
イルレアルタの背後で、地上へと続く通路が封鎖される。
物言わぬ天契機部隊と近衛兵達が、一糸乱れぬ動きでイルレアルタを包囲する。
「すまんな、兵達も俺を思ってのことだ。俺とお前の仲ならば、このような警戒など無用だと何度も言ったのだが」
「もちろんだよ、ヴァース……君の役に立てるなら、僕はなんだってしたいと思ってる。でも、一つ聞かせて欲しい」
「なんだ?」
「君はこの化け物の力で、なにをするつもりなの……?」
エオインの問いは、まるで飼い主に捨てられた子犬のように弱々しかった。
その弱々しさは、まるでその問いの答えが最初からわかっていたかのようだった。
「キルディスを滅ぼし、この世界に完全な秩序と平穏をもたらす。誰の手でもない……他の誰の力も借りぬ。この俺の手で、この俺の力でだ」
「ヴァース……」
「この力さえあれば、俺はもはや死すら恐れることはないだろう。だが俺はキルディスのように、私欲で戦乱を操るような真似は決してしない……その上で百年でも、千年でも生きながらえ、一つの争いも起こさせずに大陸を統治し続けてみせる。さあ、俺にイルレアルタを渡せ、エオイン……この力で、俺達の夢を叶える時が来たのだ!」
どこまでも力強く、かつてと変わらぬ声で放たれるヴァースの言葉。
しかしその言葉を、エオインはどこか遠くのことのように……イルレアルタの操縦席で、呆然と聞くことしかできなかった。