円卓の戦い
円卓の戦い

円卓の戦い

 

 エーテルリア連邦とアドコーラス帝国。

 大陸を二分する大国の戦場は、すでに連邦の国境を大きく越え、大陸北西の連邦領深部へと迫っていた。

 

「重歩兵三列!! 天契機カイディル隊の前進に合わせ、我々歩兵隊は右翼より敵陣に攻撃を仕掛ける!!」

「全弩砲構え! 一機たりともこちらに近付けるな!!」

 

 連邦と帝国の本格的な戦争開始から約半年が経過。

 破竹の進撃を続けた帝国軍は、連邦屈指の要害――〝円卓〟と呼ばれる、ほぼ垂直に切り立った〝巨大なテーブルマウンテン〟の麓に戦陣を展開。

 円卓から流れ落ちる膨大な水と、それにより育まれた多数の川や湖を盾にする連邦軍と対峙した。

 円卓は戦略上の要衝であると同時に、大陸北西に位置する連邦から大陸南部へと繋がる貿易の要所でもある。

 対する帝国にとっても、円卓の先にはいよいよ〝大海へ抜けるルート〟が見えており、そうなれば連邦陥落はもはや時間の問題と言えた。

 

「相変わらず兵の数だけは立派じゃないか。けど折角手に入れた地の利も、〝アンタら自身がここで戦い慣れてない〟んじゃ、宝の持ち腐れってやつさねぇ」

 

 迎え撃つ連邦軍。その兵力は十万を越える。

 対する帝国軍は総勢約三万弱と、兵の数だけで見れば圧倒的に連邦側が有利だ。しかし――。

 

「右翼のキリエと左翼のジギルドに伝達! まだ天契機は動かすんじゃないよ! 見通しのいいこの土地じゃ、下手に天契機を押し出せば弩砲のいい的さ!! 歩兵隊前へ!! アタシら帝国が天契機だけじゃないって所を、連邦の雑魚共に見せてやりな!!」

「「 オオオオオオオオオ!! 」」

 

 しかしそれを見た帝国の将ルイーズは不敵に笑い、麾下きかの歩兵部隊に前進の指示を出す。

 

「こんな入り組んだ土地で生身同士の乱戦に持ち込めば、練度の低い連邦の奴らはあっという間に統率が取れなくなるだろう。馬鹿正直に前に出る連邦の天契機は、こっちの弩砲で一機一機蜂の巣にしちまえばいい」

 

 それは、まさに数十年の時を戦い抜いた歴戦の軍略。

 剣皇ヴァースと共に無数の戦場を渡り歩き、今や帝国最強の騎士と渾名されるルイーズにかかれば、平和慣れした連邦軍など赤子のようなもの。

 そもそも、天契機戦だけで戦争の勝敗が決まるのは、エリンディアやシャンドラヴァといった小国の局地戦でのみの話。

 数万にも及ぶ大軍同士の戦いにおいては、当然ながら天契機に加えて様々な部隊の連携こそが戦いの趨勢すうせいを左右する。

 

「凄い……っ。こんなに離れてるのに、地面が震えてる……!」

「コケ! コケー!」

 

 ついに始まった円卓の戦い。

 すでにイルレアルタに乗り込んだシータは、初めて目にする大規模な戦場の景色に戦慄する。

 

「さすがの私も、これほどの戦いでは眠気の一つも起きないな! こんなに見晴らしの良い場所で昼寝が出来れば、きっと最高の寝心地だったと思うのだが……」

 

 シータとリアン。共に天契機に搭乗した二人が立つのは、なんと戦場を眼下に臨む〝円卓の頂上〟だった。

 美しい川の流れと緑の森で次々と炸裂する激しい戦火に、二人は課せられた大役に改めて覚悟を決める。

 

「私にはどちらが押しているのかもわからないが、ニアの話では〝連邦はとんでもなく不利〟らしいからな!! 頼むぞ、シータ君!!」

「はいっ! どんな時でも、僕は僕に出来ることをします――!!」

 

 数日前の軍議の後。

 ニアが連邦に提示した、帝国に最も打撃を与えうる独立騎士団の戦術運用。

 それこそ、トーンライディールでイルレアルタを円卓の頂上へと運び、〝帝国軍の本陣を超遠距離狙撃によって壊滅させる〟という起死回生の策だった。

 

「いくら帝国軍が強くても、こんな所から一方的に攻撃されればどうしようもないはずだ。相変わらず、ニアは恐ろしいことを考えつく……」

 

 たとえルイーズが帝国最強の騎士であろうと、高所に構えたイルレアルタに本陣を直接狙撃されれば死ぬ。

 リアンの言葉通り、その策は一度決まればどんな大軍すら為す術もなく粉砕される〝致死の軍略〟だった。だが――。

 

「――そうはさせんぞ、星砕き!!」

「むっ!?」

「っ!?」

 

 だがその時。

 構えた矢が放たれるより早く、並び立つイルレアルタとルーアトランの周囲に爆炎の炸裂が巻き起こる。

 炸裂した炎は先に戦った〝ラーステラの火炎砲〟のように燃え広がり、瞬く間に二機の周囲を灼熱の業火で包んだ。

 

「久しいな。ようやく君とその天契機に〝あの日の借り〟を返すことができそうだ」

「〝黒い飛翔船〟……! 帝国軍か!?」

「この声……まさか!?」

「コケーーーー!!」

 

 攻撃が止み、もうもうと立ちこめる黒煙と炎が揺らぐ先。

 天を見上げたシータとリアンの目に、黒い船体を持つ帝国の飛翔船と、その甲板の上に仁王立つ〝漆黒の装甲に黄金の縁取りを持つ天契機〟の姿が映る。

 

「やっぱり、あなたはあの時の!!」

黒曜騎士団こくようきしだん団長、ガレス・ダイン・ロースィフトだ。あの日より続く君の戦いぶりは聞いている……どうやら、相当に腕を上げたようだな」

 

 それは、黒曜騎士団団長ガレス。

 あの運命の夜。目の前で最愛の師を殺した漆黒の騎士が、今再びシータの前に現れたのだ。

 

「へぇ……さすがルイーズ婆さんだ。〝完全に読み通り〟だったな。なら後は、ここで私らがこいつらを殺せば任務完了ってわけだ!!」

 

 ガレスの乗る漆黒の天契機に続き、紅蓮の装甲に〝竜の翼を思わせる背面武装〟を備えた天契機もまた円卓に降下する。

 

炎翼騎士団えんよくきしだん団長のイルヴィア・サーエレインだ。ぶっちゃけ名乗りなんて私の柄じゃあないが、今回はガレスに合わせといてやるよ!」

 

 漆黒と紅蓮。

 共に機体と同色のケープをたなびかせ、強大な力を秘めた二機の天契機がイルレアルタとルーアトランの前に立ち塞がる。

 それを見たシータはすぐさまイルレアルタの弓に光芒こうぼうの矢をつがえ、リアンはルーアトランの鞘から純銀の長剣を抜き放つ。

 

「帝国軍もイルレアルタを警戒していたということか……! だが、私だってシータ君を守るためにここにいるのだ!!」

「やっぱり、もうこれまでの戦いとは違う……! でも、だとしても――!!」

「先の敗北をまぎれとするつもりはない。全ては帝国の勝利のため……陛下より賜ったこの〝リーナスカ影の王ース〟と共に、今度こそ討たせてもらうぞ……シータ・フェアガッハ!!」

 

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