仰ぐ頂点
仰ぐ頂点

仰ぐ頂点

 

「私って……シータさんみたいに、〝戦う覚悟がある人〟と戦うのはそんなに怖くないんです。私が一番怖いのは、戦いに巻き込まれた普通の人が傷ついたり、命を落とすこと……だから、ここで困っている皆さんも出来る限り助けてあげたいんです」

「僕だってそう思います……けどここのみんなも、他の大勢の人たちだって……! 帝国が戦争なんかしなければ、ずっと平和に暮らせてたんじゃないんですかっ!?」

「…………」

 

 夕暮れの森。

 作業を続ける仲間達の元に戻りながら考えを話すキリエに、シータは思わず問いかけた

 戦いたくないのはシータも同じ。

 無関係な人々を巻き込みたくないのも同じ。

 しかしシータはすでに大局のために円卓周辺を水没させ、それによって多くの人々を苦しめてしまった。

 そんなシータにとって、他ならぬ帝国騎士であるキリエのその言葉は、いくら友好的であろうとも、あまりにも自分勝手な物言いに聞こえたのだ。しかし――。

 

「シータさんの言う通りです……けど、私たちも剣皇様の目指す〝争いのない世界〟を信じて戦っているんです。シータさんだって、きっと何かを信じて戦っているんですよね?」

「……はい」

「それなら、私もシータさんに言い訳はしませんっ! お互いが信じるもののため……もし戦場で相まみえた時は、お互い全力で戦いましょう!!」

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「――眠れないのか?」

「リアンさん……」

 

 洪水によって荒れ果てた円卓の森。

 キリエ率いる光天騎士団こうてんきしだんとの共同作業を終えたシータ達は、助けた村の人々の厚意により、村の一角に小さな寝床を確保していた。

 だが満天の星空の下。寝床を一人抜け出したシータは、村のちょうど反対側に見える帝国の野営をじっと見つめていた。

 

「とはいえ、シータ君が眠れないのも無理はないか。まさか、帝国軍と同じ場所で夜を過ごすことになるとはな……私もどうも目が冴えてしまった」

「そうですね……」

 

 そう言って笑うリアンに、シータはどこか物憂げな表情で頷く。

 普段であればシータと共にあるはずのナナも、今夜はすでに夢の世界で穏やかな眠りについている。

 静かに響く夏虫の鳴き声。そして遠くに聞こえる清流のせせらぎだけが二人を包んでいた。

 

「あー……そういえば、その……さっき、帝国の騎士団長と話していなかったか? あの、とても可愛らしい子……」

「あ……はい。キリエさんのことですか?」

「う、うむ! それで……もし差し支えなければ、二人でどんな話をしていたのか私にも教えて欲しいなーと……ああ、いやっ! け、決して君を疑っているわけではなくてだなっ!? なにやらその……とても楽しそうに見えたものだから……」

「ええっ!? そうでしたか?」

「そ、そうだぞっ!! 二人で仲良く、手……てて……手まで握っていたじゃないかっ!?」

「あれはキリエさんが突然……僕もびっくりしました」

「むぅ……そうなのか? それなら、まあ……うん……」

「????」

 

 歯切れの悪いリアンの様子に、シータは思わず首を傾げる。

 そして暫く考えてから、シータは自身の考えを形にするようにして言葉を発した。

 

「なんだか、とても不思議な人でした。これまで会った誰とも違う……だけど、きっと悪い人ではないんだと思います」

「確かに、私も彼女の言葉に裏があるようには感じなかったな」

「はい。なので奇襲とか、そういうことは心配しなくてもいいと思います。きっとキリエさんは、そんな必要がないくらい強いから……」

 

 帝国のために戦うことも。

 シータの人となりを知れて嬉しいことも。

 困っている人を助けたいという思いも。

 そして、シータを必ず倒すという覚悟も。

 シータはキリエの言葉全てから彼女の嘘偽りない本心と、それを支える確かな強さを感じ取っていた。だからこそ――。

 

「剣皇って……」

「ん?」

「剣皇って、一体どんな人なんでしょう……ローガンさんもキリエさんも……僕のお師匠を殺したあの人も、みんな剣皇のために戦ってるんですよね?」

「だろうな。私だって女王陛下の言うとおりにしていれば、皆が平和に暮らせると信じているから頑張れるのだ!!」

「これまで戦った帝国の人たちはとても強くて……僕よりもずっと色んな事を知っていて、もっと広い世界を見てるんだと思います。剣皇には、そんな凄い人たちが命を賭けて戦うほどの〝特別な何か〟があるのかなって……」

 

 剣皇とは何者なのか。

 シータはこの時、初めて剣皇という存在をはっきりとその認識の視野に捉えた。

 これまではあまりにも遠すぎ、ただの言葉でしかなかった帝国の頂点。

 しかしガレスにローガン、キリエといった帝国騎士との邂逅かいこうを経たシータは、そんな彼らを束ねる存在を知りたいと思ったのだ。

 

「なるほど……確かに、私も帝国が〝なんのために戦っているのか〟をはっきりと聞いたことはなかったな。大陸統一だの、悠久の平和だのという話は聞こえて来るが、どれも噂話みたいなものだ」

「それなのに、あんなに強いなんて……」

「そこが剣皇の恐ろしいところだ! 普通の王がそんなことをすれば、正気を疑われるところだろうからな!」

 

 今はまだ、シータと剣皇の間には遙かな隔たりがある。

 そしてその隔たりを埋めたくても、今のシータにはその方法がわからない。

 シータは〝自身と剣皇の距離を計るかのように〟天上を見上げ、その手を輝く星の海に伸ばした。

 

「どうしてお師匠が殺されたのか……どうして戦争なんて酷いことをするのか……僕がそれを知るためには、もっと剣皇のことを知らないといけない……キリエさんたちと話して、そんな気がしたんです」

「シータ君は本当に立派だな……私なんて、先ほど君とあの少女が仲良く話しているのを見てから、なぜかそのことばかりが浮かんで……」

「……? 待って下さいリアンさん、あれって……!」

「むむ?」

 

 だがその時。

 なにやら神妙な表情のリアンを制し、何かに気付いたシータは帝国側の野営地に目をこらす。

 

「あれは……松明の火か? だが帝国軍にしては〝数が多い〟ような……」

「あの明かり……こっちにも向かってきてます。僕、念のため他の皆さんを起こしてきますねっ!」

 

 シータが気付いた物。

 それはゆらゆらと蠢く〝いくつもの炎〟。

 帝国とシータ達双方に近付いてくるその炎に、警戒を強めたシータはリアンと共に身構えるのであった――。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

error: Content is protected !!