乱雲の開戦
乱雲の開戦

乱雲の開戦

 

『――主の留守を狙うネズミどもに告げる。即刻この地を立ち去るならば、寛大なる剣皇は一度に限りお前たちの愚行をお見逃しになるだろう。だが立ち去らぬというのなら、お前たちの存在は髪の毛一本も残さずこの世から消え去るとしれ!』

「どういうこと……?」

 

 星歴九七八年。

 三の節、三日。

 帝国の警戒をかいくぐって旧レンシアラ領へと到達したエリンディア軍は、そこで剣皇率いる帝国軍本隊の待ち伏せを受けていた。

 

「なぜここにあの〝空飛ぶ城〟がいるんだ!? あの城は、シータ君に壊されたはずだろう!?」

「どうして帝国は、僕たちがここに来るってわかったんでしょう……?」

 

 そこにあったのは、イルレアルタによって水晶炉を破壊されたはずのカシュランモールと、城を囲むように飛ぶ数十隻もの帝国艦隊。

 すでにそれぞれの愛機に乗り込み、大幅な改修を受けたトーンライディールの〝甲板上で待機していた〟シータとリアンも、その悪夢のような光景に驚愕の声を上げることしかできない。

 

「目算ではありますが、あちらとの戦力差は十倍前後といったところでしょうな……いかがいたします、女王陛下」

「剣皇は、私たちの策を読んでいたっていうの……? でも、それにしては……」

 

 この予想外の事態に、ニアは厳しい表情で前を向く。

 いかに連邦の協力があろうと、奇襲を前提としたエリンディア軍と、帝国軍本隊との戦力差は歴然。

 このまま戦っても勝機はない。

 だがここで撤退すれば、剣皇はクリフナジェラを起動し、全ての敵が大陸から消えるまで戦い続けるだろう。

 

(それでも、みんなを無駄死にさせるわけにはいかない。ここまで来て、諦めるしかないなんて……っ)

『これが最終通告だ! 立ち去らぬというのなら、我が帝国軍の総力を持って叩き潰す!』

 

 宰相アンフェルの冷徹な宣告が辺り一帯に響く。

 まだ若干の距離はあるものの、すでにエリンディア艦隊は帝国軍に捕捉されている。

 カシュランモールに付き従う漆黒の飛翔船艦隊がゆっくりと前進を開始。

 無数に備えられた弩砲の照準が、わずか六隻のエリンディア艦隊に向けられる。

 

(ううん……やっぱりおかしいわ。剣皇が私たちを止めるためにここにきたのなら、どうして私たちに〝逃げていい〟なんていうの? もしかして、剣皇の狙いは私たちじゃない……? だったら――)

 

 超高速で回転するニアの思考。

 ニアは五感から得られる全ての情報を総動員し、帝国の思惑と現状の打開策を必死に探ろうとする。そして――。

 

「っ!? 待ってくださいニアさん! 〝上からなにか〟……避けてくださいっ!!」

「えっ?」

「全艦隊、急速回避――!!」

 

 その時だった。

 開戦に備え、イルレアルタに乗って甲板で待機していたシータが叫ぶ。

 だが思考に沈んでいたニアは反応が遅れ、それを補うようにカールが即座に艦隊に指示を下した。

 

「うわあっ!」

「コケ!?」

「う、上からだと!? 帝国軍の別働隊か!?」

 

 それは降り注ぐ光の槍。

 しかしシータによって一瞬早く反応したエリンディア艦隊は、その全てをぎりぎりで回避。

 だがはるか上空から放たれた破壊の雨は、同時に帝国艦隊にも容赦なく降り注いでいた。

 

『うふふ……! アハハハハハハ! やぁやぁみんな! 世界の命運を決める大事なときなのに、ぼくだけ仲間外れにするなんてひどいなぁ!』

「この声……!」

「ユリース……じゃなくてキルディスか!?」

『君たちが考えることなんてとっくにお見通しさ! 身の程知らずの剣皇は、自分ならクリフナジェラを扱えると思ってて……なにも知らないエリンディアの女王は、クリフナジェラを壊せると思ってる……あーあーあー……ほんっとーに、どいつもこいつも馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、馬鹿ばっかりっ! うんざりするねぇ!』

 

 攻撃が止むと同時。

 はるか上空から、耳障りな甲高い少年の声が響く。

 そしてそれと同時。

 小さな黒い影が空に浮かび、それはやがて巨大な一つの船影となってエリンディア、帝国双方の頭上に舞い降りた。

 

『思い上がった劣等種ども……! 自分がどれだけ愚かで、いったいなにに戦いを挑んでしまったのか。それを今から、徹底的にわからせてやるよ――!』

 

 現れたのは、空鯨もなしに飛ぶ黄金に輝く不気味な浮遊船。

 そしてそこから響くキルディスの怒号を受け、頭上の浮遊船から次々と〝飛行型天契機カイディル〟が投下される。

 

「あの天契機、キリエさんの……!?」

「たしかに似ているが……よく見ると少し違うか?」

「どちらにしろ、上を取られていては反撃もままなりません。ここは一度撤退し、体勢を立て直しては?」

「撤退ですって……? いいえ、カール船長……! これは私たちにとって、絶好の勝機よ!」

 

 頭上にはキルディス率いる旧レンシアラ。

 そして眼前を埋め尽くす帝国艦隊。

 常人にはもはや打つ手なしに見えるこの状況で、しかしニアはその眼鏡の奥にある瞳を輝かせ、全軍に向かって決意の号令を放った。

 

「全軍前進――! 私たちはこの混乱に乗じ、旧レンシアラの都――フィロソフィアに突入します!!」

 

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