わらべ歌
わらべ歌

わらべ歌

 

「俺は剣奏汰つるぎかなた――超勇者だ」

「ちょう、ゆうしゃ……?」

 

 鬼の襲撃に燃える江戸。

 炎の赤と月光の青。

 二つの光に照らされて立つ謎の少年と、腰を抜かす美少年。

 少年は新九郎しんくろうの無事を確認すると、周囲の惨状をぐるりと見回した。

 

「ここは……帰ってこれたのか? でも、なんか……」

 

 そう呟いた奏汰の横顔。

 それはたしかに少年と呼べる幼さを残しながら、しかしとても少年とは思えぬほどに重く、揺るがぬ大樹のように大人びていた。

 

「……やっぱり、違うのか」

「え……?」

 

 やがて〝何か〟を察した奏汰は、落胆した様子で目を閉じる。

 その奏汰の姿を見た新九郎は、わけもわからぬままに胸が締め付けられるような痛みを覚えた。

 それほどまでに、彼の表情は深い悲しみと寂しさに満ちていたのだ。

 

「――だけど」

 

 だがしかし。

 再び目を開いた時には、すでに奏汰の瞳に迷いはなかった。

 その瞳に映るのは、燃え落ちる江戸の町。

 悲鳴を上げて逃げ惑う人々。

 そして、その元凶たる鬼の姿。

 瞬間。奏汰の身に陽光にも似た金色の光が灯り、周囲の大気が彼を中心として猛烈な渦を巻く。

 その凄まじい力にあてられた鬼の群れは、みな蛇に睨まれたかえるのように身動き一つとれなかった。

 

「ここがどこだって、俺のやることは変わらない!!」

 

 それはまさに刹那せつなの出来事。

 腰を抜かし、ぺたりと座り込んだ新九郎はたしかに見た。

 自らを超勇者と名乗ったこの少年が、鬼神のごとき戦いぶりで鬼の群れをまたたく間に打ち倒す様を――。

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「――落ちたな」

「ああ、落ちた」

 

 江戸からは相当に離れた小高い丘。

 そこに鬱蒼うっそうと茂る雑木の奥。

 もうもうと立ちこめる霧に紛れて声が響く。

 

「よりにもよって、江戸のど真ん中とはね」

「いや……〝あの勇者〟は自ら江戸に落ちたのだ。恐らく、鬼の起こした炎を目にしたのだろう」

「なにそれ? ますます厄介じゃん」

 

 霧に紛れるのは声だけではない。

 遠くに燃える江戸の町。その炎を射貫くように見つめる二つの眼光が、霧と闇の狭間に浮かび上がる。

 

「ただでさえこっちは絶賛ブラック労働中だってのに……〝ご立派な勇者サマ〟って面倒なんだよねぇ」

「そうぼやくな。やつが我らの同志となるならそれで良し。抗うならば、滅ぼすのみよ」

「はん……脳筋のうきん様はお気楽なことで」

 

 やがて現れたのは二つの影。

 ひょろりと痩せた体躯に赤茶の髪をざんばらに流した青年と、派手な紋様が描かれた着流しをまとう、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした大男。

 奇妙なのは、その二人が共に独特の意匠いしょうを持つ〝仮面〟を身につけていたことだ。

 

「いずれにしろ、まずは挨拶をせねばな。人里に落ちた以上、そう易々やすやすと首を縦には振らぬだろうが」

「しゃーない。なら面倒だけど、また俺が行くわ」

「ほう、珍しいな」

「あの辺りには〝推しの子〟がいるんよ」

 

 腕組みをする大男に先んじ、痩せた青年はへらへらと笑った。

 

「アンタが行ってもし交渉が決裂でもしたら、あの辺にいる俺の知り合いまとめておっんじまう」

「ふむ、違いない」

「ちょいとつついて無理そうなら、他のやつに任せる」

「ぬかるなよ」

「おうさ」

 

 湿った泥を踏みしめて去る青年を見送ると、やがて大男は炎上する江戸の一角に仮面の奥に光る鋭い視線を向けた。

 

「勇者など、所詮は神の奴隷に過ぎぬ……この無窮むきゅうの獄でどこまで足掻あがけるか。見せて貰うぞ……超勇者」

 男はそう言って不敵な笑みを浮かべると、青年の向かった方向とは真逆の――深い霧の奥に沈むようにして消えた。

 

〝舞へ舞へ勇者

 舞はぬものならば

 魔の子や鬼の子にゑさせてん

 踏みらせてん

 まことに美しく舞うたらば

 生まれし世まで帰らせん〟

 

 しゃらん。

 しゃらん。

 鈴が鳴る。

 男が消えた雑木の狭間。

 誰もいないはずの霧の彼方。

 何処いずこより聞こえしわらべ歌。

 

 あまりにも透明なその歌声はいつまでも。

 いつまでも、霧の狭間に響いていた――。

 

 

 勇者商売――開幕。

 

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